私はテレビを見ない人間なのでこの番組も見ておらず、ゆえに言及も控えていたのですが、番組に関するあちこちのブログでの言及の中で一つ看過できない情報がありました。
大槻先生と「月の石」
大槻義彦先生についてはいろいろ思うところはあり、「ニセ科学批判のパイオニアとして偉大だが、頑固な科学者像を自演するところは見ていて気分がよくないし、批判対象に対して不勉強にすぎるケースが目立つ」というのが僕の基本的な評価です。僕も不勉強ですけど、レベルが違う(^^;しかし、単に不勉強なだけではなく、明らかにまずい発言もあります。
その最たるものが「月の石」問題で、どうも以前から「アポロが持って帰ったと称する月の石は、地球の石ではないか」という発言を繰り返しておられるようです。昨日放映されたビートたけし司会の超常現象番組でも、同趣旨の発言をされていたようです。
アポロが月面に置いたレーザー反射板についても疑念を表明しておられ、要するに明確には言われないものの、アポロ月面着陸捏造説にかなり傾いているのかな、と思わせられます。真意はわかりません。どうしたいのかもわかりません。
しかし、まずいことは間違いない。
アポロ陰謀論は私も以前から懸案事項の一つとして捉えていたものであり、このテレビでの発言が事実なら確かに問題だと感じました。
そして、これはもう看過することは出来ないレベルに達していると感じたのが、大槻氏のブログでの以下の記述です。
大槻義彦のページ ―大槻義彦公式ブログ― powered by ココログ: 1月 第5回 【読者の方からのメール】(2009/01/18魚拓)
月の石の研究成果は十分行われている、ということですが私はまったく違った考えを持っております。
年代測定は誤差が大きく決定的な結論は出せないでしょう。鉄、カリウムの含有量が少ないということですが、これもばらつきがあり決定的な証拠にはならないですね。この程度の研究ではあてにはなりません。
<中略>
東大の月の石の展示は2007年10月でした。しかもこれは東大物性研の展示ではありません。東大の『総合博物館』の展示でした。
私が、当の東大物性研では月の石の在り処も知らない、と発言した後のことでした。おかしな動きを感じます。レーザー反射鏡のことですが、現在その反射鏡でレーザー反射実験ができないのはなぜでしょうか。また、やろうともしないのは何故でしょうか。
アポロ陰謀論は、数ある陰謀論の中でも最も稚拙な論の一つであり、
その主張は「ことごとく」証拠を元に反論されています。
無論のことながら月の石に関する話も木っ端微塵にされていますし、
月のレーザー反射器を使った実験も、一度しか行われていないどころか、現在でも世界各地で毎年行われているものです。
仮にも疑似科学批判を行おうという人間が、ろくに事実確認もせぬままに、この程度のちゃちな陰謀論に引っ掛かるようでは困るのですよ。
月の石については既に誰かがWikipediaでデバンキングしたようなので、私はレーザー反射器の話について書こうと思います。
月の石 - Wikipedia
ロースクール入学うつ病差別
アポロ計画陰謀論を取り扱ったテレビ番組において、早稲田大学の名誉教授である大槻義彦が「アポロの回収した月の石は偽物で、アメリカの砂漠で拾ってきたものではないか」との談話を繰り返し発言しているが、その根拠は極めておかしなものである。1.月の石を分析しても地球の石とは区別が出来ない。
→上の節にもあるように、年代的にも成分的にも地球の石とは全く異なる特徴を示しており、「アメリカの砂漠の石」などではありえない。
2.真空中にさらされていたのだから、宇宙線等の影響が見られるはずなのにそれがない。
→真空中に存在した証拠として、微小隕石の衝突による顕微鏡レベルのマイクロクレーターが風化せずに残っているのが観測できる。
3.研究結果が何も発表されていない。物理学者は既に月の石に関する興味を失っている。
→月の石の分析結果は一般向けの書籍も含めて発表されている。また、アポロの持ち帰った月の石は分析機器の進歩を見込んで、少しずつ小出しにして分析が継続されており、現在も月の石を研究している学者は存在する。[1]
4.日本には1個しかないNASAから東大に送られてきた月の石は現在行方不明。
→日本では東大以外でもJAXAや国立極地研究所で月の石の研究が行われている。東大の月の石にしても、2007年10月に東京大学総合研究博物館で行われた「『異星の踏査―「アポロ」から「はやぶさ」へ』展」でアポロ17号の持ち帰った月の石が展示されている。[2]
大槻先生はご存じないようですが、昨年7月にも、カラカラに乾いていると考えられていた月の石にわずかながら水分が含まれているという研究が発表され話題になっています。昔は出来なかった調査・検査が技術の進歩で出来るようになるなんて、科学の世界では日常茶飯事です。
「月には水分子が存在」:超高感度の分析法で月の石を分析 | WIRED VISION
日本でも独自の探査機で月の岩石を採取する計画はありますし、月の石に関する研究はまだまだ継続中です。
月探査 WG,2010 年半ばまでに SELENE-2 打上げの方針を固める - はやぶさまとめニュース
◆月レーザー測距(LLR = Lunar Laser Ranging)の陰謀論あれこれ
大槻先生に限らず不勉強なアポロ陰謀論者は、月レーザー測距についても
「月にレーザー反射器なんて無い」とか
「月にレーザーを撃ってその反射を測定するなんて不可能」とか
ひどいのになると、そもそもなぜレーザー反射器を使うのかすらろくに理解せず、
「レーザーで反射板を照射できるって事は、レーザーの反射パルス分析で基台ぐらいは見分けられるんじゃないでしょうかね。」なんて平気で主張していたりします。
例えばこの人とか。
鳥の使命: アポロ月着陸疑惑/レーザー反射板(2009/01/18魚拓)
新たに百日大恐慌のダメージを
だいたい適当に月に置いてきたコーナーキューブが正確に反射を返せるのか?月も微細振動していると思うし、反射構造は月の温度によってゆがむだろう。それは計算できてるって?まさか。100年後だって出来ないだろう。拡散する光で適当に「役所の方から来ました」と照らすんじゃなくて、細い直進光を送るんだ。何万分の一度の角度を管理しなきゃいけないんだぞ。
レーザーは拡散します。地球のLLR用望遠鏡から射出されたレーザーは、月面では約15km四方に拡散します。復路でも同様に拡散するので、拡散する範囲内の誤差であれば反射角のずれは問題になりません。
40万kmを進む間の15kmのずれは、1km進む間の3.75cmのずれです。その程度の誤差、地球上でも容易に試験できます。
そしてその程度の問題は真っ先に検討され、リフレクターの誤差が許容範囲内におさまることが検証されたからこそLLR計画にゴーサインが出たわけですが?
月の温度差でコーナーキューブに影響が出ることも、当然考慮されています。たとえ10や20壊れたところで問題無いようにするための100個並列です。
鳥の使命: アポロ月疑惑/レーザー反射板/結語(2009/01/18魚拓)
ほんでさ。月に置いてきた星条旗とか着陸船の下部分(発射基台)とか地球から望遠鏡で見られませんとかいってるわけ。でもレーザーで反射板を照射できるって事は、レーザーの反射パルス分析で基台ぐらいは見分けられるんじゃないでしょうかね。あれって上から見て10m四方ぐらいの大きさがある。
リフレクターを使わないとレーザーが散乱してしまって、月地球間のように遠距離では検出不可能になるんですが。
そしてかぐやのレーザー高度計や地形カメラは、高さの測定精度5m、横が10mなので、仮に「何か」を検出できたとしても1ドットの点でしかなく、本当に基台なのかどうか判別が出来ません。
月周回衛星「かぐや(SELENE)」 - 観測ミッション - LALT
月周回衛星「かぐや(SELENE)」 - 観測ミッション - TC,MI,SP
そもそもリフレクターをピンポイントで狙い撃つとの勘違いや、「反射板」とか角度が云々なんて書いている時点で論外。
大槻先生にしろ陰謀論者達にしろ根本的に何かを勘違いしているようですが、月レーザー測距というのは一度だけ測ってそれでおしまいという性質のものではありません。
1.月の軌道は楕円であるため、長軸と短軸を正確に測定するには何度も測定を繰り返さないといけません。
2.太陽や他の惑星の重力の影響によっても軌道の変化は起こるし、月は年々わずかに地球から遠ざかっているため、定期的に再測定が必要です。
ちなみに、定期観測の結果、月は毎年約3.8cmずつ地球から遠ざかっていることが判明しています。
3.技術の進歩とともに観測精度が向上しているため、観測機器の更新と共に再測定が行われています。
LLR開始当初、月までの距離の観測制度は誤差25cmでした。
現在ではmm単位の精密測定が可能なレベルまで、観測精度は向上しています。
4.月に置かれたレーザー反射器は下の画像のような反射器を複数並べたもので、間違っても「板」じゃありません。そしてこの反射器は、どのような方向から入ってきた光線でも正確に来た方向に反射するものです。「レーザー反射板」とか設置する角度がなんて書くのは不勉強な陰謀論者くらいのものです。
私の学校で健康食品を実装する方法
via Lunar Retroreflectors
まあ彼らをあげつらっていても仕方がないし、
彼らが探せる範囲(≒日本語圏のWeb)にろくに情報が無いのも事実なので、今日はその辺を少し書いてみます。
◆月レーザー測距(LLR = Lunar Laser Ranging)とは
月レーザー測距(LLR = Lunar Laser Ranging)は、月に向かってレーザーを撃ち、跳ね返ってくるまでの時間を測定することで月までの距離を測るという、原理的には非常に単純な実験です。
この計画を実行する上での障害は二つのみ。
1.レーザーを正確に地球に打ち返すリフレクターを月に設置することと、
2.月地球間を往復しても検出可能な強度を保つ、高出力のレーザーを用意すること。
1については有人月探査計画のほうのアポロ計画やソ連の月探査計画で解決しましたが、厄介なのは2です。
高出力のレーザーパルスを送信しても、大気中の減衰や拡散の問題で、月のリフレクターにたどり着くのは約3000万分の1。
リフレクターから反射したレーザーも同様に拡散減衰するので、さらに3000万分の1。
つまり、月地球間を往復するうちに、レーザーの強度は約10の15乗分の1に弱まってしまいます。
via The Basics of Lunar Ranging
このため十分な強度のレーザーを用意しないと、返ってきたレーザーを検出することが出来ません。
実験開始当時(1969年頃)の機器と観測精度では、レーザーパルスを打ち出して返ってくる光子が検出できる確率は0.01、つまり100回レーザーを撃ってようやく一回検出できるかどうかの確率でした。
The Lunar Laser Ranging Experiment: Accurate ranges have given a large improvement in the lunar orbit and new selenophysical information -- Bender et al. 182 (4109): 229 -- Science
The Lunar Laser Ranging Experiment(上の論文のPDF)
この精度で実験を行おうと思ったら、何千何万とレーザーパルスを打ち出して、地球の自転や月の公転によるずれを補正しつつ距離計算を行わなければならないので、データの処理には恐ろしい労力を必要としたことでしょう。
日本でも当時東京天文台の堂平観測所や岡山天体物理観測所で実験が行われたようですが、十分な信号を検出することが出来ず、「多分検出できたんじゃないかな?うん、出来たに違いない」となってそれっきり行われなかったのだとか。
今では技術が進歩したので、もっと楽になってますけどね。
余談ですが、観測に使う望遠鏡自身はそれほど大きい必要がありません。
観測実験が開始された頃も今も、レーザー測距に使われている望遠鏡は直径2〜4m程度のものです。
以下のスレで、
ささやかな楽しみ:東大の大槻教授が月面着陸を否定したってマジなの? - livedoor Blog(ブログ)
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/01/09(金) 12:34:55.96 ID:MWTqW6UfO
月面を田代するのって大変なんだな
軽くぐぐってきたら理論上直径42Mの望遠鏡が必要らしい
という発言をしている人がいましたが、明白に間違いなので指摘しておきます。
◆月面に存在するレーザー反射器
現在月面上に存在するリフレクターは、アポロ11号が持ち込んだもの以外にも、14号、15号がそれぞれ持ち込んでいますし、これ以外にもソ連の探査機ルナ17号、ルナ21号に搭載されている小型のリフレクターが存在します。
当然現在でも各リフレクターを用いたLLR実験が行われていますし、そのデータを用いて大量の論文が書かれています。
各リフレクターの月面上の存在位置のマップを以下に示します。
Via Lunar Retroreflectors
現在もっともよく使われるリフレクターはアポロ15号が持ち込んだもので、アポロ11号、14号が持ち込んだものの3倍、300個の反射器を備えているため、もっとも検出しやすいリフレクターです。
◆月レーザー測距ともうひとつのAPOLLO計画
一般に知られているアポロ計画とは、人類を月に到達させるという宇宙開発のミッションです。
しかし現在APOLLO計画の名を冠したもう一つのミッションが進められていることを知る人間は、おそらく天文ファンの中ですら一部にとどまるでしょう。
…と書くと陰謀論チックですが、このもう一つのアポロ計画こそ、月に設置したレーザー反射器を用いて地球と月の距離を精密測定するプロジェクトで、現在では月レーザー測距の実験はこのAPOLLO計画が引き継いでいます。
(A)アパッチ(P)ポイント(O)天文台 (L)月(L)レーザー測距(O)活動(APOLLO)という、むりやりこじつけた感がありありな計画名ではありますが。
Apache Point Observatory Lunar Laser-ranging Operation - Wikipedia, the free encyclopedia
Apache Point Observatory Lunar Laser-ranging Operation
この新たなAPOLLO計画の直接の目的は、月レーザー測距の精度をmmオーダーにまで上げることです。
mm単位で月の距離を測ると何が分かるのかというと、重力定数の精密測定をはじめとして、相対性理論の精密検証、強い等価原理や弱い等価原理などの物理法則の検証が行えるようになります。
現在のこの計画のステータスは
1.昔は誤差25cm程度だった月レーザー測距の観測精度を、mmオーダーの精度で測定可能になった。
2.レーザー強度の大幅な向上と観測装置の発達により、1レーザーパルスあたり300個の光子を検出できるようになった。
3.データ処理技術の発達により、リアルタイムの観測数値を得ることが出来るようになった。
4.高精度の観測データを用いて現在様々な物理定数、法則の検証中
となっていて、当時の科学者達が聞いたら泣いてうらやましがりそうな観測精度を誇っています。
なお、アメリカ政府の陰謀だ信じられるかとわめく人用に、現在フランスのニース天文台にも同精度の月レーザー測距装置があり、相互の観測データを検証しあっていることを付け加えておきます。
大体もし仮にアポロ計画がでっち上げで月にリフレクターが無いなんてことになったら、それを使った実験を計画していた世界中の天文学者達や物理学者達が真っ先に「ふざけるな」と声を上げているのですよ。
LLRを利用して物理法則の検証を行っている論文は、"Lunar Laser Ranging"でGoogle Scholarを検索すれば大量にヒットしますので、興味のある人は読んでみて下さい。
Lunar Laser Ranging - Google Scholar
で、最後に大槻先生に質問なのですが、
あなたは一体どこでその与太話を拾ってきたのですか?
◆おまけ
おまけとして、アポロ陰謀論をデバンキングする他のサイトのリンクをおいておきます。
第3話 人類は月に行っていない!? - 月の雑学 - 月を知ろう - 月探査情報ステーション
JAXAのアポロ陰謀論否定ページ。
ちなみに、日本の月探査衛星「かぐや」が得たデータからも、アポロ計画成功の証拠が得られています。
1.アポロ着陸船離陸時のエンジン噴射の痕跡
2.アポロ11号が撮影した月の写真ときれいに一致する地形データ
という形で。
アポロ疑惑に終止符? 日本の人工衛星、大活躍!
JAXA|月周回衛星「かぐや(SELENE)」の地形カメラによるアポロ15号の噴射跡の確認について
アポロ計画陰謀論 - Wikipedia
Wikipediaのアポロ陰謀論のページも非常に良くまとまっていてお勧め。
<修正履歴>
番組名を間違えていたので修正。
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